出産まで
2004年1月2日出産予定日のため、7月23日の「戌の日」に主人と清瀬水天宮に安産祈願に行ってきました。
3人の妊婦さんに混じって、私は美映の代わりに、前に出て、祈願をしてもらいました。
お札とお守りと腹帯をもらってきて、アメリカの美映に送りました。
2003年9月20日の貞治の結婚式出席のため、三太さんと美映が9月19日に、無事、
アメリカから帰ってきました。美映はそのまま出産のため、日本に残る事になりました。
7ヶ月なのに、お腹の大きさがめだたないな〜というのが、第一印象でした。
日本でお産する産婦人科は、美映が産まれた西埼玉国立病院に決めました。
親子で同じ病院というのもいいじゃな〜い!
9月29日に日本で始めての診察を受けたところ、羊水が少ない、赤ちゃんが小さいと言われて、
心配しました。羊水がもれていないか、細菌に感染していないかの検査を受けてきました。
次の健診日には、異常が無いとの事で、少しホッとしましたが、
先生には赤ちゃんが小さいですねと産まれるまで、ズーと云われてきました。
臨月なのに近所の人に「もしかして妊娠?」と言われる程小さいお腹でした。(コートを着ていたが)
出産の日
12月25日から1月5日まで、クリスマス休暇でアメリカから三太さんが帰ってきました。
三太さんが日本にいる間に産まれて欲しいと美映は、願っている様でしたが、
予定日を過ぎてからの方が大きく育ってくれるんじゃないかと少しでも
遅れるようにと、私は願っていました。
1月4日、毎年恒例の狭山不動尊に初詣に行く事になり、美映は家で留守番しているはずでしたが、
どうしても行くと、言い張り、階段はゆっくり登る様にと、約束をして連れて行く事になりました。
そしたら、臨月の妊婦(予定日を過ぎた)とは思えない程のスピードで、50段以上ある階段をスイスイと
登っているのです。びっくりしました。約束が違うよ〜!
本堂で家内安全、交通安全の護摩焚きをしてもらって、我が家に戻り、夜の9時頃、美映が
「アレッ、おかしい!」叫びました。破水していたのです。慌てて病院にお電話し、連れて行きました。
その日は、三太さんが病院に泊まるとの事で、私達は帰りました。
次の日、行くと、陣痛の間隔は、せばまってきていましたが、三太さんがアメリカに発つまでに、
産まれるか、どうか微妙でした。午前9時ごろ先生が、いらして赤ちゃんが小さいみたいなので、
2500g以下なら、すぐ入院出来る様に小児科に予約をしておいたので、その積もりでと云われました。
産まれても、お母さんの側に居られないんだと、悲しい気持ちになりました。
段々、陣痛が激しくなっていく中、飛行機の時間に間に合わなくなると、心を残して
三太さんは午前10時30分、病院を後にしました。
無事、産まれたのは、11時40分でした。赤ちゃんとパパのご対面、叶わず、本当に残念でした。
成田からのお電話で、女の子、2770gで産まれた事は知らせる事は出来ました。
飛行機に乗る前だったので、安心してフライトを楽しめたでしょう。。。(良かった〜!)
1月4日に狭山不動尊の階段を登らなかったら、有佳里の誕生日はもっと後になっていたかも。。。
心配していた赤ちゃんの体重も、大丈夫で、小児科病棟に入院せずに済みました。
助産婦さんから、力み方が上手だね〜と何度も誉められ、スムーズにお産が進み、
美映いわく、「こんなんだったら、何回でも産めるわ〜」ですって。。。

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